一つの道具。

お店の片隅で、小さなギアショップを開設することになった。廊下に設置された、アシンメトリックにデザインされた木製の棚は、使い始めてみればなかなか陳列が難しい。けれども、意匠の奥行きを感じれば、どこか頼もしく見えてくる。台風の後に山道を歩けば、きっとこんな「デザイン」が転がっていそうだと、ワクワクするのだ。本当は、照明なども工夫して、こう、一人の人と、一つの道具が、ゆっくり向き合えるような空間にしていきたいのだが、日々の喧騒の中、なかなか現実化できないままでいる。

数年前に僕がクライミングを始めた時、僕はとにかくカムが欲しかった。機能・造形美がグッときて、それと同時に、それさえあればどこでも登れるような気がして(それは大きな勘違いでもあり、その通りでもあった。)、とにかくカムが欲しいと思っていた。財布の中は空っぽなのに、お店に並ぶカムをカチャカチャいじる。週末の山では、毎度先輩のカムを借りてクライミングをする。そんな日々を重ねていた。

が、最終的にはお金が貯まり、カムを購入することになった。その日は、奇跡的にも新宿三丁目のバーを素通りし、まっすぐ家に帰り、伽藍堂の四畳半にカム達を並べ、「へっへっへ」とほくそ笑んだ。なみなみ注いだ金色のダルマ越しに眺めるカムが、キラキラと輝いて見えた。頭の中で繰り広げられる妄想は一回りも二回りも膨らんで、ゆるぎない週末へのモチベーションとなっていった。そしてたくさんの山へ、一緒に出掛けることになった。

それから数年が経ち、あろうことか僕のカムはクライミングジムの隅っこに(時として)乱雑に置かれ、毎週毎週「主」以外の人たちに触られている。僕のカムを使って、たくさんの人が、クライミングの練習をしている。なんとも貢献的な道具になったものだ。しかしまだまだ現役。これからも、街でも山でも、存分にカチャカチャされればいい。

そんなことを、この棚の前に立ちながら、考えていた。

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